仕立ての良い眼鏡を造るためには、製造に関わっていただいている多くの方ご協力があってこそ完成します。
今回スタートする特集:「仕立ての拘り」では、普段ではあまり表に出ることのない、
テイラーウィズリスペクトの眼鏡造りにとって欠かすことのできないスペシャリストの生の声をお届けします。
Masato Nomura
Satoshi Waki
野村勝人 / 株式会社美装ジャパン代表取締役社長
1966 年生まれ。趣味は読書や映画、音楽鑑賞。15歳で眼鏡業界に入る。
以来表面処理一筋40年。32歳の頃から20年間コーチを努めた地元バスケットボールのチームには、デザイナー脇の息子も在籍し指導した。
野村 まず表面処理というのをわかりやすくいうと、女性でいうお化粧のようなものだと言えばいいかな。金属のまま使えば、もちろん金属の色にしかならないけど、表面処理を行えばいろんな表情が出せるので新しい価値を生み出すことができる。男性はお化粧しないけど、もう一つの顔を造るというか、そのことによって自分を隠すことも演出することも可能な、その人を演出する重要なアイテムになる。つまり眼鏡を眼鏡以上のものへと変身させることができるのが、この表面処理の最大の特徴かな。
脇 そうですよね、眼鏡は医療の道具ではありますけど、ファッショ ンアイテムの一つとしてもとても重要なものです。
野村 元々は保護する目的でメッキも生まれたとは思う。でも、例えば奈良東大寺の大仏も、当時は金メッキで保護されていたらしいけど、もしあれが銅のままだったらそこまでの価値になっていたのか? 確かに保護の力も大きいけど、金メッキの装飾がされていたからこそ、あそこまでの価値になったとも思う。
脇 確かに装飾的価値がなければ、あそこまで有名にはなっていないか もしれませんね。
野村 そう、だから表面処理によって生み出される美しさの価値はとても大きい。
脇 最近では、いろんなカラーリングができてきましたよね。本当にお化粧というか、表現の幅も出てきて、表面手段としての意味合いが大きくなってきた。
野村 例えば化粧品で言えば、つけるパーツによっても変わってくる。 口紅やファンデーション、素材も違えば使い方も違う。それと同じように眼鏡にしても、表面処理をするパーツ一つ一つにいろいろなやり方がある。分類してみるとよくわかると思うよ。フロント部分の直接肌に触 れないところと、耳など直接触れるところでは使う素材も材質も変わってくる。
脇 テンプルの芯なんかは見える部分ではないので、そのままだとサビてしまうのでメッキしますけど、でもバネ性が必要な箇所なので、弾力のある表面処理が必要ですね。そういう機能面でも表面処理は活躍している。だから見た目だけのもの、というわけでもないですね。
野村 極端にいうと、素材そのものを生かした、 例えばステンレスであったり、錆びない性質のものであれば、そのままでいいのでは? という疑問も生まれる。チタンであれば、チタンのまま掛ければ本当は一番錆びない。でもそれだけでは機能性やファッション性は乏しくなる。 そこに表面処理の技術を生かすことで、素材を保護しながらも、同時にファッション性や機能性の追求も行うことができる。
脇 深い話になってきますね笑
野村 チタンとかステンレスとか、素材によっ て流し方(メッキの仕方)も、全て違ってくる。化粧が肌の質によって色々と違うように、表面処理にも同じことが言えるよね。
脇 表面処理の種類によっても様々な雰囲気が作れますし、形は一緒であっても表面処理のカラーリングによって、眼鏡の仕上がりも全然雰囲気が変えることもできます。
野村 そうそう
脇 表面処理は最終的な見え方を大きく左右する本当に大事な作業。
今回の取材で初めて入ることの出来た電着塗装の現場。
電着塗装による様々なカラーリングの元になるのが、この鮮やかな色の液体。
野村 例えば、ただ単に売れるものを選べばいいのであれば、データだけを元にして作ればいい。でもそれでは同じようなパターンになってしまう。そこにちょっと変化を加えたり、アイディアを足したりすることで、 個性を持つ眼鏡の大きな武器になる。
脇 野村さんにはブランド立ち上げ時から、ほんとに色々と相談させてもらっていますけど、表面処理のことで言えば、縦のグラデーションが生まれた時の印象は今でも覚えているんです。普通だったら横ばかりだったグラデーションを、あえて縦でしたことで、本当に今までとは違った印象になりました。あれはテイラーの仕立てにとってもとても重要な表現になっています。小売店やユーザーさんからもすごく評価していただいていますし、あの丁寧なグラデーションは、仕立てという言葉にぴったりな仕上がりだと思います。
野村 なるほどね。
脇 例えばスプレーで吹き付けをする仕上げ方もあるじゃないですか、でもあれだと霧状なのでどうしても点々が見えてしまって、僕の中では丁寧な仕上げという点から考えると、少し気になっていました。でもこの美装さんのグラデーションなら、本当に趣のある綺麗でフワっとした、 仕立てになっていると胸を張って言えます。
野村 実際このグラデーションを担当している職人から言わせると、このやり方では量産ではできないと言っている、なぜなら集中力が必要だからって。数がどんどんできるわけではないし、本当に集中しないといけないんで。このグラデーションは手の感覚で行っているので、この日しかやらない、とか、わざわざそういう作業日を作ってやっている。
脇 実は今日も撮影の合間に職人さんに質問したんです。3色のグラデーションは可能なのかって? 理論的には可能だけど、難しいって言われてしまいました笑。
野村 テイラーの眼鏡について一言でいえば、魅力ある特別なもの、と言えると思う。だから担当している職人も、それしかやらない、という日もある。魅力がなかったら量産に乗っければいい。けれどもこの眼鏡 はそういうものではないし、デザイナーの拘りにに答えるためにも、特別な魅力あるものに仕上げないといけない。つまりそれがテイラーだと 思う。
脇 ありがとうございます。今日も仕上がってきた眼鏡の検品をしていたんですけど、毎回、毎回うちに入ってくるたびに、やっぱりグラデーションは美しいなって思っています。
野村 完成品をみることがない自分たちの現場からすれば、同じ眼鏡の注文が再度入ってくることで、売れていることが確認できるんです。つまり市場にその眼鏡が評価されていることが分かる。その時に初めて、自分たちが関わっている眼鏡が、使ってくれるユーザーの顔を引き立てているという実感に変わるわけで。きっと見る人が見れば、おっと思ってもらえる眼鏡になったんじゃないかとか、そんな思いがうちのスタッフを引っ張ってもらっているんじゃないかとも思う。
脇 ありがたいですね。この話を媒体に出す目的も、美装さんと僕と共有しているようなことも、ユーザーには届けないと知ってもらうことができないじゃないですか、だからこれだけ大切に作ってもらっているという、この思いを届けたいんです。僕自身、テイラーの眼鏡は、関わっていただいている多くの方々の努力や思いの集合体だと思っていますので、美装さんのスタッフさんが、そういう思いで作業してくれているのがありがたいんです。それを本当に伝えたいなと思っていまして。物事って価値を伝えてなかったら、ゼロになってしまう恐れもありますし、こういう話を届けるのも、ブランドの使命ではないかなと思っています。
野村 そう、そうだよね。きっと眼鏡を使うユーザーも、今までにいろんな眼鏡を使ってきて、そしてここにたどり着いてくれてる人が多いと思う。最終的に拘ったもののひとつとして、テイラーを手にとってくれているんじゃないかなって思うよ。きっとこの眼鏡を使う人には、そういうこだわりがあると思うから、だから魅力あるものを提案していきたいよね。
手作業により、一つ一つのフレームを丁寧に加工します。
野村 一番最初の出会いは、何年前かな、なんか年下の割には、俺よりも昭和くさいというか笑。 でも、なんかハイセンスな知識をよく知っているからね、一体どんなデザインするんだって思ってた。一番衝撃を受けたのは、カブトムシとガンダムをイメージするデザインが出てきて笑、でもあの辺から、こいつはやるなって思っていた。そこから長い付き合いになって、今では飲みにも行っているし、息子さんにもバスケを教えたし。で、じゃあ会社立ち上げる、っていうことになって。色々全部ひっくるめて、お付き合いさせてもらって。特別なものを感じますよ。 共に栄えていきたい。そういうことですね。
脇 本当にお世話になっていますし、ですからこちらとしても、ユーザーからのいい反応とか、そういう評価を、眼鏡を作っていただいている方にも共有したいんです。まだまだできはいませんけど、自分たちで作っている冊子ですとか、お客さんだけではなく、作っていただいている方にもブランドのことを届けていきたいって思っています。ブランドを立ち上げて何年かが立ちましたけど、野村さんや協力してくれている現場の方の思いを持っていい仕事をしていきたいですし、ちょっとおこがましいかもしれないですけど、僕だけのブランドじゃないなと最近は思っています。
野村 だからこそお互いいろんなことを勉強していかないだし、何にでもトライしていないと。そういう面で、全員で同じベクトルを 向かないといけない。難しいことかもだけれど、テイラーとはそういうものなんでしょう。
脇 そうですね、今までは、大量生産のものが多い時代だったけれど、 ものも情報もあふれてきて。作り手の生の声や、なぜそういうものが生まれたのか、ですとか、そういうことが大切になってきている。 今まで日本製=いい、という風潮があったと思うんですけど、最近はあまりそう思わなくなってきていて、もうメイドインジャパン = いいものっていうことは壊れてはじめているように思います。本当にいいものは、 今野村さんが仰ったように、コミュニケーションをとって手にした人がみんなで考えて共有し、そこから生まれるものだと思う。日本で物づくりをやっている意味合いを考えると、距離が近い、文化も同じ、そういう強みがあったはず。例えば、これが遠い国同士で作ったら、なかなかそうもいかないですし。だからこそ、日本製という価値も出てくると思うんですけど、今では、ただ日本製であるだけで、=いいもの、というような価値観をぼくらが信じすぎている気がしています。自分は疑わしい気持ちになってしまっています。
液体の中に直接フレームを付けてカラーリングする作業。
1人の職人の感覚とノウハウが必要とさ れる繊細な技術です。
野村 確かに今までヒットした表面処理のことを思うと、コミュニケーションの中から生まれてきたことが多いかもしれない。やっぱり、デザイナーとの会話や、相手の姿をみて、こっちもいろいろと思いつくしね。きっとそういう中からいいものが形成されていく。新しい表面処理が生まれるときには、いつもそういうコミュニケーションがある。
脇 ダメージドができたときにビビったんですよ。こんなにいいものが出てくるんだと。
野村 あれも、例えば昔流行ったジーパンとか、洋服ではそういうものはあったけど、眼鏡の技術として、あえて故意的に表面処理として考えたら どうなるだろうかというアイディアから生まれた。そういうことが特別な事になる。
脇 ダメージドが持つ雰囲気への衝撃と、眼鏡の価値観からすれば、ちょっと既成概念を変えることができるんじゃないかと思った。眼鏡って昔から宝石と一緒に置かれてきたけど、そういう扱いのものに、あえて本当に傷つけて仕上げるのって、今までにはなかったことだと思いましたね。ちょうど今新しいダメージドについても考えていますけど。
野村 これは東京の展示会の後に脇さんと一緒に行った雑貨屋視察がベースになってね、こんな古いものっていいよねっていいながら話したあのときの体験がインスピレーションになっている。そのときの逸脱したような 会話が頭に残っていて、後からそういうのが降りてくる。だから実はそんなことが大切なんじゃないな? それが僕の片隅にあって、それを使ってそこから変化して、そしていろんな色やアイディアが生まれてきた。
脇 確か8年ぐらい前ですかね、別々に行った東京の展示会の後ご一緒して、東京であちこち回って。ああいうことを経てこうして出来上がったという。それってすごいですね。
野村 我々からすると、テイラーから新しい課題をもらえることは自分たちの成長のためにもとても大きいんですよ。もちろん表面処理にはすぐ剥げてもいけないという基本条件がある。その上で、そういうとこを大事にしながら昔からのノウハウに加えて新しいことにトライしていく。僕らも課題があることで成長ができますし。いろいろなことを見て話して勉強して、新しいものがそうやって生まれていく。
脇 めちゃめちゃ嬉しいことです。
野村 ぼくもこの業界に入ってもう40年にもなるからね。40年間表面処理に関わっている人も少ないと思うし、それなりに生きてきたから、いろいろな知識と経験と感がある。そうした小さなことの蓄積があり、そしてそれを社員が理解してくれて動いてくれる。我々はパーツの段階でしか知らないので、仕上がった状態ももっと見たいよね。将来的にはこの工場で展示会もして、社員にも見せて皆で共感したい。今後の課題だな。
脇 僕もそういう機会をいただけたら嬉しいです。
数々の有名アイウェアブランドのデザインを手掛けてきた脇聡が、2017年AWに発表しオリジナルアイウェアブランド。仕立て屋(tailor)という言葉を元に考案したブランド名TAYLOR WITH RESPECTには、制作に関わった全ての人へ敬意が込められている。
持ち主の体に合わせて丁寧に服を仕上げる仕立て屋のような、掛け心地がよくデザイン性の高いメガネ作りがテーマ。オールメイドインジャパンのフレーム